太閤水 | 福岡県糟屋郡新宮町大字三代

[ 地下水 ] 太閤秀吉にちなみ名付けられた旧唐津街道沿いにある自然水。

太閤水

詳細

新宮町の説明板によれば、「天正十五年(1587年)豊臣秀吉が立花城の立花宗茂を助けて薩摩の島津義久を征伐するさい、行きがけにこの地で水を求めたが、よい水がなかった。そこで同行の堺の茶人津田宗及が、崖下に井戸を掘りよい湧き水を得た。帰り道、秀吉はそのことを聞き、即座に宗及水と名づけた」とされています。
実際のところは、里人に井戸枠がわりに底の抜けた飯銅甕を嵌めこんだ「飯銅水」という井戸に案内されたというのが本当のところのようです。

その後、寛永五年(1628年)に津田宗及の子である京都大徳寺の僧、江月宗玩がこの地に立ち寄り、もとの名称「飯銅水」に改名したそうですが、やがて後の人が石畳の井戸を造り、太閤秀吉にちなみ「太閤水」と呼ばれるようになったそうです。
当時の「飯銅水」は現在どこであったかは不明ですが、「太閤水」は現在の場所に特定できます。

ちなみに、飯銅とは口が広く底の丸い陶器の水瓶のことで、「はんづ」「はんどー」と呼ばれ、唐津から博多、豊後にかけて昭和初期まで使われていたそうです。

現在、昔からある井戸脇からの湧水は枯渇したようで、背後を流れる小川の横に地下水をくみ上げる揚水井戸があり、その井戸の蛇口から採水することができます。

参考資料

リンク

アクセス

場所:福岡県糟屋郡新宮町大字三代
西鉄「新宮」下車、新宮コミュニティバス「三代」下車、徒歩10分

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