水紀行 - 千葉その弐 佐倉小篠塚
佐倉の湧水を調べるまで、佐倉がこんなに湧水の豊かな土地だとは知りませんでした。佐倉市民ハイキングクラブのサイトで紹介されている佐倉市発行「佐倉の湧き水物語」を観ているうちにどんどん佐倉に惹かれていきました。
そんなわけで行ってきました「佐倉湧水めぐりの旅」。佐倉には「国立歴史民族博物館」があるので車では何度も行っていましたが、佐倉の土地を観に行くのは初めてです。
いくつもある佐倉市の湧水の中で、まず最初に「小篠塚谷津湧水群」を選びました。地図で観ていただけの感覚でなんとなく自然の表情が豊かそうに感じたのですが、それは正解でした。
時間があれば途中の湧水にも寄ってみよう。JR「佐倉駅」でレンタサイクルを借りて湧水巡りの旅のスタートです。
小篠塚谷津
湧水は車ではなかなか見つかりません。かといって徒歩では距離がありすぎる。今回の「湧水巡り」はすなわち「谷津巡り」で、坂道だらけなのは覚悟しての自転車の選択でしたが、想像通りハードな坂道が待ち構えていました。
「小篠塚谷津」までの道すがら、「室穴の湧水」「太田の湧き水」を探したのですが、確かにこの辺にあるはずなのに見つかりません。佐倉市はかなり丹念に湧水を調べているのでしょう。あきらめて、目的の地に向って東関東自動車道を越え、小篠塚の地に入りました。
ということで、いきなり第一の目的地「小篠塚谷津湧水群」から始まります。
谷津の上から下り始めました。うっそうとした木々が生い茂る陽の当たらないじめじめとした山道、湧水が長い年月をかけて削った谷津の片側の道です。谷はさほど深くはなさそうですが、草木で底はみえません。
しばらくたつと下り坂はだんだんと緩やかになり、平らな土地が見えてきました。
そして景色は急にひらけ、谷津の風景が広がりました。人の手の入っていないこの場所は、まさに昔ながらの風景でしょう。縄文時代の遺跡や、中世の山城がある土地です。その時代の人たちも同じような風景を眺めていたのでしょうか。
「谷津」は、相模の国では「谷戸」と呼ばれます。じめじめとした陽のあたらない草木に覆われた谷の最奥の湧水は、清冽であるにも関わらず「黒水」と呼ばれていました。その「黒水」は、今回は草木が深すぎて見つけることはできませんでした。
小篠塚谷津湧水
そしてついに湧水をみつけました。崖下から湧き出す湧水は池をつくり、水草が生い茂り水中生物もたくさんいました。池の湧水は人工的に制御された水路へと導かれます。
湧水は集められ大きな流れになります。いくつもの湧水地点から集められた水は表流しながら集まったため濁ってはいますが、間違いなく湧出したばかりの水です。その水が水田へと流れていきます。
ここに到って、手付かずの「谷津」の景色は「里山」の景色に変わりました。あの上流の湿った薄暗い場所が、この「里山」の風景を作っているかと思うと、なんだか感動です。
こんな当たり前の自然すら忘れていた私は、ここで本当にここに来てよかったと思いました。
水菜園と城址
谷津を下り終えたあたり、坂の傾斜はほとんどなくなり鹿島川を挟んで対岸の馬渡の地も見えてきました。どなたかがお二人でなにか作業をしていらっしゃいます。「何をしてるのですか」と声をかけてみました。
水菜園を造っていらっしゃるそうです。どこの誰ともわからない私に、お二方とも親切に相手をしてくれました。
何かの団体で活動されているのかと思ったら、個人でされているとのこと。二人でここまで造るにはかなり大変だったと思います。たくさん収穫できると良いですね。
この丘の写真は水菜園から撮ったものです。先ほどの方に「登ってみましたか」と聞かれながら、そのままこの地を後にしようかと谷津を出たのですが、急に観てみたくなり後戻りして登ってみました。
小篠塚城址のある丘です。右の写真が本丸址。登る道は急で、階段は狭く土塁が施され、これが中世の山城というものなのでしょうか。
小篠塚谷津側から入るとこの階段を昇ります。袖振坂という素敵な名前が付けられていました。
「小篠塚谷津湧水群」は想像通り、様々な自然の表情を見せてくれた場所でした。「多分、必ずまた来るだろうな」と思いながら湧水の地を後にしました。
さて、今回の湧水巡りはここから帰路に入ります。谷津を下ってきたのですから、当然帰りは登りです。国道51号線に出て「御手洗の池」を目指して自転車で走りはじめましたが、佐倉ICへの上り坂でついに力尽き自転車を押しながら歩いて登りました。
このような状態でヘトヘトになりながらたどり着いたのが「御手洗の池」がある宮本の地です。
御手洗の池
ちばグリーンバスのバス停「宮本」のすぐそばです。少し国道寄り、南側に傾斜した斜面を覗き込むと見えます。
見たとおり湧水池は濁っていて清冽さの欠けらもありません。でも清潔に清掃されていました。たとえその水質は清冽でなくても、私はこんな湧水も好きです。どんなに水がきれいでもその周辺が汚されている場所よりも好きです。
崖の上には紫陽花が咲いていました。国道を挟んですぐそばには里山の風景が広がります。
自転車返却期限は午後4時。もう時間はあまりありません。探すに苦労し時間がなくなり多分見つからないだろうと思いながら六崎の谷を下っていきました。
弁天池
やはり見つかりません。あきらめかけ駅へと帰ろうと坂を登りかけたとき、地元の方をみつけました。二人で話しをされていたので悪いなと思いながら、「弁天池を知りませんか」と聞いてみました。
快く教えてくれました。というか「弁天池」が見えるところまで案内してくれました。その道すがら、この辺の他の史跡のことも教えてくれました。多分、時間があっても自分ではなかなか見つからなかったでしょう。
池の真ん中に弁天様の祠があります。
池の水は澱んでお世辞にもきれいな池とは言えません。もしこれが街の住宅街の中にあったら、すぐさま公園として整備されるか埋められるかどちらかでしょう。
でも、決して汚いわけではないのです。自然のままにそのままにしてあるだけです。
この池のすぐ横の湿地帯です。水草が生い茂り、自然にできた水の流れの岸には紫陽花が咲いていました。湿地帯の横は水田です。
もう時間です。佐倉駅に帰らなければなりません。「小篠塚谷津湧水群」を訪ねる湧水巡りの旅は、湧水との出会いであり、湧水を育む森との出会いであり、その土地で生活する人たちとの出会いの旅でした。
足早に六崎の谷から上り坂を自転車を押しながら走って登り、佐倉駅へと向いました。今回の湧水巡りは、私の体力低下を教えてくれる旅でもあったようです。
足早に六崎の谷から上り坂を自転車を押しながら走って登り、佐倉駅へと向いました。今回の湧水巡りは、私の体力低下を教えてくれる旅でもあったようです。
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